2009年10月20日

書き残しておこう。

遺書でも。

うそ。遺書って、きちんとした手続きを踏まないと効力ないんだよねぇ。結構いい費用がかかる。地獄の沙汰も金次第ってか。
まぁ俺は何があっても遺書は書かない。死んだ後の事なんかどーでもいいし、気にしたところで確かめる術もない。そんな無駄な事にパワーをかける気などゼロだ。

いやそうじゃなくてだな。
うちの犬の事を書き残しておく。
他人様の目に触れるところで言うもんじゃないと思ってずっと黙っていた話だったが、時間も経ったしまぁいいじゃないのという事で。何か残しといてやんないと可哀相だし。
以下長文かつ乱文なので悪しからず。


もう1年も前の話になる。
うちの犬(ウェルシュ・コーギー・ペンブローク種、オス)が肺気腫のような症状(詳細原因不明)のため亡くなった。2008年10月20日午後、動物病院にて。享年10歳7ヶ月。1998年3月20日頃生(と血統書に書いてある)なので、ぴったり127ヶ月の命だった。
つまり、今日はヤツの命日だ。


ヤツは、11年ほど前に弟がペットショップで買ってきた犬だ。何でも、当時務めていた建設会社の退職金で買ったらしい。値段は10万円とか言っていたような気がする。今はコーギーなんてそんな値段しないけど。 つまり、ヤツのボスは弟だ。が、ヤツはすっかり親父に懐いてしまい、弟は2番目になってしまって、彼はよく愚痴を垂れていたが。

当時、俺は家を出て神奈川で独り暮らしをしていた。あの頃は年に何回も実家には帰らなかったし、帰らない年も珍しくなかった。ので、実は俺はヤツの仔犬時代を知らない。初めて顔を合わせた時にはもう成犬に近かった。というか成犬だったと思う。

ただ、初めて顔を合わせたときのことは覚えている。
後でイヤと言うほどわかるのだが、ヤツは無駄吠えの酷い犬だった。よく来る人の顔くらい覚えやがれってくらい。
が、初対面時から俺はヤツに吠えられなかった。代わりにやたらと興味を示された。付きまとっては匂いをかぎ、俺の目をじーっと見ては「俺に構え!」とばかりの行動を取った。そしてとにかく俺をぺろぺろと舐めたがった。
どうも、ヤツにとって俺は家族である事はわかるのだが、ヤツの中で「群れ」のどこに序列づけていいのかわからない謎の人物だったと見える。これは実は最後まであまり変わらなかったようだ。

俺は、自分で言うのもアレだが神経質で動物の毛とか大嫌い。それに肌が弱いので、ヤツに舐められると赤く腫れ上がってくる。
だから最初のうちは触れるのもイヤだった。部屋飼いなので、帰省すれば会わない訳にもいかない。服が毛だらけになるのがイヤでイヤで、アパートに戻ると、毛を落とすため着ているもの全部脱いで即洗濯ってくらいだった。
ずっと実家暮らしだったら飼う(買う)事自体断固反対していただろう。でも知らないうちに買われちゃったんだから手の出しようがないってなもんだ。
(実は、動物を飼う事に反対する理由はそれだけではない。チビの頃、うちでは柴犬系雑種の犬(メス)を外飼いしていた。彼女は仔犬を産む事もなく、フィラリアで苦しみ抜いて亡くなった。その時に為す術もなく見ている事しか出来なかった胸の痛みがトラウマになっているからだ。)


それが少し変わったのは、不明熱で入院と約半年もの自宅療養を余儀なくされた時だ。
延べ1ヶ月続いた40℃前後の高熱と、それがやや治まってもダラダラと続く37℃台後半の発熱。こんな状態で独りでいるのは無理なので、その間は実家に戻っていた。
こうなると、ヤツを避ける事は不可能。普段は自室でくたばっているからいいが、最低食事と折を見ての入浴時には部屋を出て顔を合わせなければならない。もっとも、熱でラリってる頭ではそういう事を考える余裕はなかったが。

そうこうしているうちに、細かい事は気にならなくなった。毛が付いた?落とせばいい。舐められる?避ければいい。さらには「毛?だから何?」みたいに、付いている事自体気にならなくなった。
あらかた良くなってアパートに戻る頃には、「あー、アイツの鳴き声は聞けなくなるんだなー」と寂しく思うくらいになっていた。

数年後。
事情により前職を辞し、実家に戻ってきた。俺は必然的にヤツと同居する事になった。
ヤツは相変わらず俺の位置付けに困っていたようだった。自分より後に加わった「新参者」だがどうも家族の中で上位にあるらしい。自分より上か下か位置づけられない。
だからなのか、ヤツは俺にはあまり懐いていなかったように思う。呼んでも気が向かなければ来ないし、他の家族が外出する際は無駄吠えするのに、俺の時にはその度合いが小さい(でも吠える)。

まぁ、今思えばそれだけではなく、単純に俺が恐かっただけなのかも知れない。しゃがんで目線の高さをヤツに近づければ、呼ばなくても寄ってきて寝そべっていたから。何しろ異常に臆病な犬だったからね。
事務所=自宅なので、ヤツとは年中同じ空間にいたが、ずっとそんな調子だった。

そんな生活も長くはなかった。「その時」が来たからだ。亡くなる半年ほど前に腸を痛めて開腹手術をして以来すっかり老け込んでしまっていたのだが、亡くなる半年ほど前から時折極端に元気をなくし伏せるようになった。呼吸も苦しげなことがある。数度動物病院で診てもらったが、はっきりした事はわからなかった。


そしてその時:2008年10月20日。
あの日は朝から元気なく苦しそうだった。仕事の関係もあり、夕方になったら病院に連れて行こうと家族で話していた。
俺が最後にヤツの生前の顔を見たのはお昼。玄関先で座り込み、いかにも苦しそうな表情で俺の顔をじーっと見ていた。正しく「頼む、お前でいいから助けてくれ」という顔だった。

程なく、ヤツと弟の車が姿を消した。「夕方になったら」などと悠長な事を言っていられないと即断し、弟と母がヤツを連れて動物病院に急行したからだ。こちらとしては待つしかないので、仕事をしながら待った。さすがに嫌な予感が振り切れないまま。

夕刻。ヤツは無言の帰宅をした。信じられない気持ちと、やはりという気持ちがない交ぜになって、はっきりした感情にならない。
弟と共に機械的にヤツの骸を車から屋内に運んだ。あんなに重たいものだとは思いもしなかった。その重さが、ヤツが「生き物」から「タンパク質の塊」に変わってしまった事を嫌でも思い知らせてくれやがる。聞きつけた近所の人が、立派な百合の花を持ってきてくれた。
腹と尻を触ると誰であろうがもの凄く嫌がったヤツが、触ってもぴくりともしない。頼むから嫌がってくれ、と願ったが叶わなかった。
死因は前述の通り肺気腫様の症状による呼吸不全。だが、そうなった根本的原因ははっきりしないため、治療は不可能だったろうとのこと。


その後、ヤツは荼毘に付され、今はうちの庭に眠っている。チビの頃に買っていた犬とほぼ同じ場所だ。窓からすぐ目に入る位置なので、墓標を見るたび色々と考えてしまう。早くそっちに連れてってくんねーかなーとか。


1年経った今でも、物音がするとヤツが顔を出すような気がする。せめて安らかな眠りであれ。

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posted by 環螢 at 18:43 | 雑記