2010年07月30日

刑場。

…記憶合金…って駄洒落にもなってねぇ…。

正直、立ち直りに時間が掛かってる。対人関係のダメージは長引くんだ…。


さて。
この世に生まれてくるのって、きっとそれ自体が既に何らかの刑罰なんだ…と長い事思ってきた。そうね、さすがにチビの頃からではないけれど、思春期頃にはその発想の原型はあったと思う。そしてその考えは今も少しも変わっていない。

この世は究極の荒みきった「刑場」。生きとし生けるものは全て「弱肉強食の刑」と「悩み苦しみ藻掻く刑」等々(もしかしたら「身に覚えのない刑(by大泉洋)」も入っているかも)を受け続ける受刑者。刑の重さや刑期は神とやらが決めているらしい。どんな物差しだかは人の身には知れた事じゃないがね。

どこかの詩人だか哲学者だかが言った言葉らしいと記憶しているが、

「この世で最も幸せなのは、生まれてこない事だ。次に幸せなのは、なるべく早くこの世を去る事だ。」
「赤ん坊は、この世に生まれてきた事が悲しくて泣くのだ。」


とか何とか。
そう言いたくなるのも理解出来るのがこの世ってヤツだ。

しかしここで考えてみよう。
どんな形であれ今現在死んでいない、色々抱えつつ苦しみつつも生きているという事は、神とやらがまだ「お前は刑期未了だ」と言ってるって事だ。この先何分だか何年だか知らないが、この「刑場」で「刑を受けろ」って思し召しってヤツだ。神とやらにまだ許す気がないって事さ。

それならばその間、この「刑場」で少しでもよく「刑期」を過ごす方法を探そうじゃないか。そうじゃなけりゃただの損だ。実際の刑務所でも楽しく過ごしているヤツはいるらしいしな。

正直、色々な事柄において今の状況は非常に悪いと言わざるを得ない。それはもう事実だ。
でも、そんな中でも、ほんのちょっとした事ではあるかも知れないが、小さな「ツキ」を感じるようになってきた。それも一つや二つではない。
多分、以前なら「そんなところで運を使い果たさなくても」と思っただろうが、今は何故かそう思わない。虚勢でも空元気でもなく「俺にも少しは小さな運が向き始めてきたんじゃないか?」と思える。
何というか、ちょっとした小さな「ツキ」を「つまらないもの」と捨ててしまわずにコレクションする事で、何かが変わってくるんじゃないか?そんな気がしてきている。

そうなってくると物の見方が変わってくる。「悪い事」の「いい面」が見えたりする事すらある。吉事と凶事は表裏一体、どこからどう見るかで決まるってね。


そう思いながら、この「刑場」における「刑期」を乗り切ろう。それが恐らくは唯一の道なんだろう、な。


※何となく宗教じみた文章かも知れないけど、その気はゼロなので悪しからず。その手の連中ノーサンキュー。オレ宗教って吐き気がするくらい大嫌いなんでね。

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posted by 環螢 at 19:57 | TrackBack(0) | 雑記